鳥取地方裁判所 昭和31年(ワ)13号 判決 1956年8月17日
主文
被告両名は連帯して原告に対して金十二万円及び之に対する昭和三十一年二月四日から右完済迄年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求は之を棄却する。
訴訟費用は之を二分し、その一を原告他を被告両名の連帯負担とする。
第一項に限り、原告が担保として各金四万円を供するときは仮に之を執行することが出来る。
事実
(省略)
理由
原告と被告明が昭和二十八年十月二十四日結婚式を挙げて事実上の婚姻を為し、翌二十九年五月四日婚姻の届出をなしたこと、当時被告明は日本専売公社鳥取支局の仮雇として自宅より通勤していたので、原告は右事実上の婚姻以来被告家に入つて同被告及びその父である被告国雄その他被告家の家族と同居するようになつたが、被告明は昭和三十年二月一日から同公社指導員に採用されて米子支局勤務となり、原告を置いて鳥取県西伯郡大山町大字安原に下宿して別居生活を始めたこと、原告は姙娠八ケ月の身で同年四月五日実家である母野木トモ子方に帰り、同年五月十八日分娩したが死産であつたこと、原告は爾来実家に留つていたこと、原告は昭和三十年六月二十九日被告明に対し鳥取家庭裁判所へ同居請求の調停申立をしたが、同被告が同居を拒絶した為調停は成立するに至らず、同年九月十五日原告は右調停の申立を取下げたこと並びに同年十二月二十四日原告と被告明との間に協議離婚の届出が為されたことは当事者間に争いがない。
原告は、原告が被告明と離婚するのやむなきに至つたのは、同被告が米子支局に勤務するようになつてから、宮沢章子なる女と情を通じ、原告を離別して同女と結婚しようと考え、原告と同居することを拒絶して原告に離婚を迫り、被告国雄も亦被告明に共同して原告が被告家に帰ることを拒んだ為である旨主張するので、右離婚の原因経過について審究するに、成立に争いのない甲第六乃至八号証の各一、甲第九号証、原告本人尋問の結果により成立を認め得る乙第一号証、証人野木トモ子、同佐藤義春、同元木貞男の各証言、原告被告明各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合推考すると、次の事実を認めることが出来る。即ち、
前記の如く原告は婚姻以来被告明の家に入つて同被告の父母弟等被告家の家族と生活を共にし同家の農業に従事したが、婚家の生活に有り勝ちな窮屈さに加えて父母弟等の態度も原告に対し思い遣りのあるものではなかつたし、一方原告自身も我儘強情な性格を有していた為、次第に婚家での生活に強い不満を感じるようになると共に之に反撥し、盆祭等に実家に帰ると長期間滞在して仲々婚家に帰宅しようとせず、その他家庭内の些細な問題による感情の行違いも嵩じて、原告と被告家の家族との冷い対立は次第に抜き難いものとなり、遂には被告国雄等は被告明に対して原告の離別を望む態度を示すようになつた。之に対し、夫である被告明としては、最初の内は何とか両者の間の融和を図らうとしたが、被告家の家風及び原告の前記の如き性格も災いして成功せず、結局は同被告と原告との夫婦仲も円満を欠くに至つた。而して、前記の如く原告が実家滞在中死産したことは被告等の感情を更に悪化し、たまたま原告が右産後間もない頃被告明が宮沢章子なる女と関係している旨人伝に聞知して同被告の下宿先を訪ねた際、同被告の態度が冷たく原告に対し二度と来ないよう告げたところから、原告が驚いて前記の如く調停申立に及んだ為、被告等の感情は俄に硬化し、被告明も遂に原告との離婚を決意したもので、爾来数度に亘る右調停期日に於て又再三に亘る調停外の交渉に於て原告、原告の母トモ子等から直接間接に被告等に対し原告を元通り妻並びに嫁として迎え同居して呉れるよう頼んだが、之に対し被告明は頑として同居を拒絶し、又被告国雄も表面は本人である被告明の意思次第であると応じつゝ、被告明に左袒して原告を被告家に戻すことを拒絶したので、原告も右のような被告等の態度では到底将来婚姻関係を継続することは不可能であると観念し、やむなく被告等の離婚の求めに応じたものである。前掲各証拠中右認定に反する部分はすべて措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
而して、右認定事実によれば、原告をして右離婚を応諾せしめた原因は、被告明が原告との同居を拒否して現在に於ける正常な婚姻関係を廃止すると同時に将来に於ける婚姻関係継続の意思のないことを明かにした点に在ることは明らかであるから、両者の間に結局は離婚の合意が成立し、従つて右離婚が協議離婚として有効であることに異論はないとしても、原告の同居拒否が正当な事由に基かない以上、右離婚に因る原告の損害につき同被告が不法行為上の責任を負うべきは当然である。而して、同被告が原告との婚姻生活を事実上破棄するに至つたこと即ち両者の不和については、前認定の如く原告自身の性行にももとよりその原因の一端が存するのではあるけれども、多かれ少かれ同被告及び被告家の家族も此の点については同様の関係に立つのであるから、被告明が法律上の義務に反し一方的に原告との同居を拒否する正当な事由は認めることが出来ない。然も、被告明が原告主張の如く宮沢章子と情を通じ且つ婚姻の準備をしていたか否かについてはこの点に関する証人野木トモ子及び原告本人の供述には全幅の信頼を措き難いので之を確認するに至らないけれども、少くとも同被告の言動に原告をしてかゝる疑いを抱かしめるに充分な節のあつたこと及びそれにも拘らず、同被告が原告の疑いを解消する為に何等の誠意ある行動をも示さず却つて原告に対し離婚を求める等その疑いを裏書する如き挙に出たことは充分之を認め得るのであつて、かくの如きは妻たる原告に対する不貞行為でなければ、重大なる侮辱に該当するものということが出来よう。次に被告国雄は前掲認定に明らかなように、被告明が原告に対し離婚を決意し同居を拒否するにつき、之を誘導支援したものであるから、原告に対し被告明と同様の責任を負うべきである。之を要するに、被告等は共同して不法に原告の婚姻関係を破壊し、原告を離婚のやむなきに至らしめたもので、之に因つて原告が重大な精神的損害を蒙つたことは明らかであるから、被告等は連帯して之を慰藉すべき責任がある。而して、以上の認定に現われた婚姻並びに離婚の経過及び本件証拠上認められる各当事者の社会的経済的地位その他一切の事情を勘案すれば、右慰藉料の額は金十二万円を以て相当と認めるから、原告の本訴請求は右金額及び之に対する本訴状送達の翌日なること記録上明白な昭和三十一年二月四日から完済迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度に於ては之を正当として認容し、その余は失当として之を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。
(裁判官 胡田勲)